
満艇となった今、改めて父の想いを受け継いで…
更新日:8月24日
現在、吉井川マリーナはありがたいことに満艇となり、空きをお待ちいただいている方がいる状況となりました。
お問い合わせをいただいても、すぐにご案内することができず、申し訳なく思う一方で、これだけ多くの方に吉井川マリーナを選んでいただけるようになったことを、本当にありがたく感じています。
そして満艇となった今、改めてこのマリーナのこと、そして4年前に亡くなった父のことを書いてみようと思います。
4年前の8月、父が亡くなりました。
吉井川マリーナを祖父から引き継いだ父。
父がこのマリーナをやっていた一番の理由は、決して「儲けたい」ということではなかったと思います。
船が好きな人たちが集まれる場所を作りたい。
みんなが気軽にやって来て、船の話をしたり、釣りの話をしたり、くだらない話で笑ったり。
そんな場所を作りたかったのだと思います。
実際、利益なんてほとんど考えずにマリーナをやっていました。
今になって自分が運営する立場になってみると、
「よくこれでやっていたな…」
と思うこともあります(笑)
でも父にとっては、お金を稼ぐこと以上に、ここに人が集まってくれることの方がうれしかったのでしょう。
『父との最後の会話』
父が亡くなる少し前、私が交わした最後の会話があります。それは今でも忘れられません。
父は私にこう言いました。
「マリーナの事をトミちゃんとタカちゃんによろしく言っておいてくれ」
私が何もできないから、近所の人にお願いしてくれ、と。
最後まで気にしていたのは自分のことではなく、この場所のことでした。
マリーナのことを心配しながら亡くなった父。
今振り返ると、それが一番の後悔です。
もっと安心させてあげたかった。
私が「大丈夫だよ、まかせときっ‼︎」と言ってあげたかった。
父が元気だった頃、私は吉井川マリーナを引き継ぐつもりなど全くありませんでした。父にも伝えていました。
マリーナについて詳しく知っていたわけでもありません。
船についても、設備についても、管理についても、分からないことだらけ。
父がやっていることをたまには見ていましたが、
「いつか自分がここをやる」
なんて考えたこともありませんでした。
ところが4年前、父が亡くなり、突然このマリーナをどうするのかという現実と向き合うことになりました。
続けるのか…
やめるのか…
正直、迷いました。
何をどうすればいいのかも分からない。
父が当たり前のようにやっていたことも、いざ自分がやってみると分からないことばかりでした。
一人では絶対に続けられませんでした。
そんな何も分からない私を助けてくれたのが、マリーナに関わってくださっていた皆さんでした。
トミちゃん、タカちゃん、木村さん、岸本さん、黒住さん…。
そして、ここには名前を書ききれないほど、本当にたくさんの方に助けていただきました。
分からないことを教えてもらったり、困った時には手を貸してもらったり。
「こうした方がいいんじゃない?」
「それじゃダメだろ」
とアドバイスをもらったことも何度もあります。
自分一人の力でここまでやってきたとは、全く思っていません。
むしろ、皆さんや家族に助けてもらったから、4年間続けてこられた。
「何とか続けてけられた」それが本当のところです。
父が亡くなったあと、
「これからどうしようか」
と思っていたマリーナが、4年経った今、満艇になりました。17艇から50艇に増え、
しかも現在は、空きが出るのを待ってくださっている方までいます。
4年前の自分に言っても、おそらく信じないと思います。
最初は、ただ必死でマリーナを維持すること。
事故が起きないようにすること。
設備が壊れれば直すこと。
草が伸びれば刈る。
何か問題があれば対応する。
毎日のように何かがあります(笑)
「大変なものを残してくれたなぁ」
と思ったことも、一度や二度ではありません。
でも4年間続けているうちに、少しずつですが、父がなぜこの場所を続けていたのか分かるようになってきました。
マリーナに来た人たちが楽しそうに話をしている。
船を出して釣りに行く。
水上バイクで遊びに行く。
帰ってきて、
「今日は釣れた!」
「全然ダメだった!」
そんな話をする。
誰かが船を買えば、みんなで見に行く。
誰かが修理をしていれば、いつの間にか人が集まっている。
そんな光景を見ていると、
父が作りたかったのは、単なる「船を置く場所」ではなかったんだろうな
と思うようになりました。
「みんなが集まれる場所」
父が作りたかったのは、きっとこれだったんだと思います。
立派なマリーナではありません。
クラブハウスがあるわけでもありません。
至れり尽くせりのサービスがあるわけでもありません。
でも、船が好きな人が気軽に集まれる。
困った人がいれば誰かが手伝う。
分からないことがあれば誰かが教えてくれる。
釣れた魚の話をしたり、船の話をしたり、時には船とは全く関係ない話をしたり。
そんな場所です。
父は利益を求めず、それでもマリーナを続けていました。
昔の私は、
「なんでそこまでしてやるんだろう?」
と思っていました。
でも今なら、少しだけ分かる気がします。
私も父の意思を受け継ぎたい。
父が亡くなって4年。
引き継ぐ意思すらなかった私が、今こうして吉井川マリーナを運営しています。
そしてありがたいことに、現在は満艇。
空きを待ってくださっている方までいます。
もちろん、経営として続けていく以上、父と全く同じやり方というわけにはいきません。
設備の維持にもお金がかかります。
安全対策も必要です。
これから先もマリーナを残していくためには、時代に合わせ、きちんと運営していかなければなりません。
でも、一番大切な部分は父から変えたくないと思っています。
それは、
「みんなが集まれる場所であること」です。
ただ船を保管するだけの場所ではなく、
「ちょっとマリーナに行こうかな」
と思ってもらえる場所。
用事がなくても顔を出して、誰かと話をして帰る。
そんなマリーナであり続けたいと思っています。
満艇は、私一人でできたことではありません
満艇になったことは、もちろんうれしいです。
でも、「自分が頑張ったから満艇になった」とは全く思っていません。
父がこの場所を作り、
祖父、父の時代から利用してくださっている方がいて、
父が亡くなったあとに本当にたくさんの皆さんが私を助けてくれました。
そして今のオーナーの皆さんが吉井川マリーナを利用してくださり、新しい方をご紹介してくださったり、口コミで広げてくださったり。
そうした一つ一つの積み重ねで、今があります。
吉井川マリーナは、皆さんに作ってもらったマリーナだと思っています。
本当にありがとうございます。
父が今のマリーナを見たら…
もし父が今の吉井川マリーナを見たら、何と言うでしょうか。
満艇になって、さらに空きを待ってくださる方までいる。
「ようやったな」
と言ってくれるのか。
それとも、
「まだまだじゃ」
と言われるのか(笑)
たぶん後者のような気もします。
でも、マリーナに多くの人が集まり、みんなが船を触ったり、話をしたり、笑ったりしている姿を見たら、きっと喜んでくれると思います。
父が作った場所を、私は偶然引き継ぐことになりました。
最初は自分の意思ではありませんでした。
でも4年経った今は違います。
この場所を残していきたい。
そう思っています。
これからの吉井川マリーナ
現在満艇のため、新しくお問い合わせをいただいた方にはお待ちいただくことになり、本当に申し訳ありません。
空きが出ましたら、順番にご案内させていただきます。
そして、これからも少しずつ設備を整え、安全で使いやすいマリーナにしていきたいと思っています。
ただ、大きくなったり、設備が増えたりしても、父が大切にしていたものだけは忘れないようにしたい。
船が好きな人たちが気軽に集まれる場所。
みんなで助け合える場所。
マリーナに来れば誰かがいて、自然と話が始まる場所。
そんな吉井川マリーナであり続けたいと思います。
4年前、何も分からなかった私を助けてくださった皆さん。
そして現在、吉井川マリーナを利用してくださっているオーナーの皆さん。
本当にありがとうございます。
まだまだ分からないこともありますし、至らないところもたくさんあります。
これからも皆さんに助けてもらうことがあると思います。
父が残した吉井川マリーナ。
今度は私が父の意思を受け継ぎ、次につないでいけるように。
これからも「みんなが集まれるマリーナ」を目指して続けていきたいと思います。
今後とも、吉井川マリーナをよろしくお願いいたします。



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